玉子をめぐる思い出
東北の鉱山町で家具職人を生業としていた祖父の朝の日課は、掃除をして、仏さまにご飯を供え、生卵を飲むこと。
玉子の上にチョッと穴をあけ、はしで少しかき回して、チュっと飲む。
“長生きの秘訣だ”と。
102歳の今、さすがに毎朝玉子を飲んではいないが、その他の日課は健在という。
机の端でカツンと殻にヒビを入れ、ホカホカご飯にそのまま玉子を割り入れ、上から醤油をたらす。
小学生の頃からの腐れ縁のミキがつくる玉子かけご飯は、大雑把で絶品なので、ついつい家でもご飯に直接玉子を割り入れたりして、彼に眉を顰められる。
どぶろくを鍋で沸かして、溶き卵と砂糖を入れて、最後にマッチの火を近づけてボワッと言わせる玉子酒が懐かしいわぁ。病気をするとつくってもらえてねぇ。
ばぁちゃんが亡くなってから、真似してつくってみたりしたんだけど、どうしてもあの味じゃないのよ。
まぁ、今思うと、病気の子どもに飲ませるものじゃない気がするけどね、おおらかな時代よねぇ、
時々湧いてくる母の思いで話に、祖母の遠き影法師。
“玉子が入ったミルクセーキが好き”だと言うわりに、祖母は2口ほど含んで、コップを置いてしまった。
“かなり体調が悪そうだ”“病院で検査しては”と大人たちが話しあっているうちに、祖母は倒れて泉門に入ってしまった。
そういえば私は、子どもたちにミルクセーキをつくったことがないなぁ。